石垣島天文台(国立天文台)の研究者を中心とする、研究者とアマチュア観測家からなる研究チームは、2024年1月10日に太陽系外縁天体 (612533) 2002 XV93 が背景の恒星を隠す掩蔽(えんぺい)現象を、日本国内の3地点で観測しました。その結果、星の光が天体の縁で急に消えるのではなく、予想外になだらかに変化する様子を捉え、詳細な解析により 2002 XV93 の周囲に非常に薄い大気が存在することを明らかにしました。 今回の成果は、冥王星以外の太陽系外縁天体で初めて大気の存在を示したものです。
本研究成果に基づく学術論文は、2026年5月4日に、国際学術誌「Nature Astronomy」 に掲載されました。

有松 亘 石垣島天文台 室長・国立天文台 講師を中心とする研究チームは2024年1月10日(日本時間)、太陽系外縁天体の大気や環などについて、恒星掩蔽(恒星食)を利用して包括的に調べる連携観測キャンペーン TABASCO(『タバスコ』:Trans-Neptunian Atmospheres and Belts Analysis through Stellar-occultation Coordinated Observations)の一環として、太陽系外縁天体のひとつである、カイパーベルトに位置する (612533) 2002 XV93による恒星掩蔽を日本国内で観測しました。2002 XV93は観測時、地球から約55億キロメートル(地球と太陽の距離の約37倍)の距離にあり、太陽・地球から見て冥王星よりもわずかに外側に位置しています。この天体は冥王星やエリス等の準惑星天体よりもはるかに小さく、直径は約500キロメートルと見積もられています。
研究チームは、この天体が背景の恒星を隠す掩蔽を利用し、天体の周囲にある非常に薄いガスの大気を探る観測に挑みました。天体に大気がなければ、恒星の光は掩蔽されるタイミングで、天体の縁でほぼ瞬時に途切れるはずです。これに対し、大気がある場合には、星の光がその大気で屈折するため、影の縁で明るさがなだらかに変化します。そのため掩蔽観測は、遠くて暗い天体の大気について、地上から高い精度で調べることができる強力な方法となります。
研究チームは、2002 XV93が2024年1月10日にぎょしゃ座にある見かけの明るさ約15等の恒星を掩蔽する可能性を独自に予報し、日本国内の3地点(京都府京都市、長野県木曽郡木曽町、福島県田村郡三春町)で観測を実施しました。京都では口径20センチメートル望遠鏡を用いた小型観測システム SoCoSoCo PONCOTS(ソコソコポンコツ)、長野では東京大学木曽観測所の口径1.05メートルのシュミット望遠鏡に搭載された Tomo-e Gozen(トモエゴゼン)カメラ、福島ではアマチュア観測家、細井克昌(ほそい かつまさ)さんが運用する口径25センチメートル望遠鏡が用いられました。これら3地点それぞれで観測データの取得に成功し、このうち2地点(京都・長野)では、同日22時12分から22時13分(日本時間)にかけて発生した、最長およそ18秒間の継続時間を持つ、2002 XV93による掩蔽の観測に成功しました。
長野で得られた観測データからは、掩蔽の始まりと終わりの両方で、恒星の光が約1.5秒かけてなだらかに減光・回復する様子が確認されました。さらに福島でも、天体本体による掩蔽は発生しなかったものの、影の縁に近い位置で、ゆるやかな減光の兆候が見つかりました。このような緩やかな光度変化は、天体に大気がまったくない場合に期待される鋭い変化とは異なる、予想外の発見でした。研究チームは、回折や恒星の見かけの大きさだけでは説明できないことを示したうえで、冥王星型の温度構造を仮定した大気モデルを用いて詳細な解析を行いました。その結果、主成分をメタン、窒素、一酸化炭素のいずれと仮定しても、表面圧力100〜200 ナノバール程度の薄い大気を想定すると、すべての観測地点で得られた観測データを非常によく再現できることが分かりました。
今回見つかった大気は、地球大気と比較しておよそ1,000万分の1、冥王星の大気と比較してもおよそ100分の1程度の大気圧しかない、非常に薄いものである一方で、これまで他の太陽系外縁天体に対して得られていた上限と同等か、それを上回る水準のものです。このことは、冥王星よりもずっと小さな、太陽からより遠方に位置する天体でも、条件次第では大気を持ちうることを示しています。この結果により、「明確に観測可能な大気は大きな惑星や準惑星、もしくは一部の大型衛星に限られる」という従来の常識が、必ずしも成り立たない可能性が出てきました。
では、この予想外の大気はどこから来たのでしょうか。2002 XV93に大気があったとしても、表面の重力が弱くガスを保持し続けることが難しいため、別の場所からガスが供給されない限りは1000年程度で失われてしまうと考えられています。そのため今回の研究では、その起源として、地下の揮発性物質に関連した天体内部からのガス放出、すなわち低温火山活動のような現象と、比較的最近に起きた小天体衝突という、主に二つの可能性が考えられます。いずれの場合であっても、太陽系外縁天体に対する「活動性や変化のほとんどない世界」という従来の見方を大きく見直すことになります。もし衝突起源であれば、今後数年のうちに大気圧が単調に低下していくことが予想されます。一方で、大気圧に単調な低下が見られないか、季節的な変化が見つかれば、天体内部に由来するガス供給を支持する手がかりになります。今後の継続観測とジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による分光観測が、今回発見された大気の起源と素性に迫るうえで決定的な役割を果たすと期待されます。
今回の成果は、木曽観測所のような歴史ある国内の中小望遠鏡と、プロ・アマチュアの垣根を越えた観測者ネットワークが連携することで、太陽系外縁天体の大気検出という最先端の研究にも十分に迫れることを示しました。これは、観測天文学のフロンティアが必ずしも大規模望遠鏡や宇宙望遠鏡だけによって切り開かれるわけではなく、機動性の高い中小口径望遠鏡を全国・世界の観測網の中で戦略的に運用することにより、太陽系の果てで起こる希少な現象を世界に先駆けて捉えられることを実証したものです。
今回の成果を通じて、石垣島天文台の「むりかぶし望遠鏡」は、単なる地域の公開天文台施設にとどまらず、地理的条件、機動性、観測ネットワークへの接続性を活かして、今後の高時間分解能天文学や太陽系外縁部探査に貢献し得る重要な研究基盤であることが明らかになりました。巨大望遠鏡や宇宙望遠鏡による観測を補完し、希少天文現象を多地点から捉える連携観測の重要性が高まる中で、むりかぶし望遠鏡の科学的価値と戦略的意義は、今後ますます高まっていくと考えられます。<関連リンク>